飲みに行きませんかと誘われる。
自分なんぞと飲んだところで何が楽しいのか。ご先祖様を供養する系のグッズでも売りつけられるのではないだろうか。不安しかない。
ところで、「美味しいものを食べに行きませんか」と言われるとお腹が痛くなる。なんなんだ、おいしいものって。なんでもおいしいじゃないか。自分は究極の味覚音痴なので、食べられるものは何でもおいしく感じる。幸せな人間なのだ。
コロナで入院していた頃「病院の食事はいかがですか?」とお見舞いのメッセージをいただくことがあった。「なんでも美味しいですよ」と返信をしたら「やっぱり味覚障害が出るのですね」と言われてしまった。えぇぇ。おいしいって答えたらダメだったのか。「病院の食事はおいしくないですね。早く退院したいです」と答えた方が良かったのか。あぁ、でも、作ってくれる人に申し訳ないではないか。おいしいからおいしい。それだけの話だ。
だから困る。「美味しいものを」と言われると、とにかく困る。すべて美味しい。雰囲気の良いお店というのならばまだ分かる。あれだ。「ほかのお客様もいらっしゃいますので、もう少し声を小さめに」と自分が怒られる系のお店だ。それは雰囲気の良い店。お行儀良くしていなければならない。できない。行けない。
お店を選べる人はすごいと思う。だって相手の好みまで含めて提案できるのでしょう? 絶対に無理だ。いまは義務教育でそういうことを学ぶのだろうか。僕には何が足りないのか。