すくなくとも、経営者である僕たちは、仕事に使命感を持たなければならないと思うのです。そして、お客さんのニーズに対しては、想像力を働かさなければなりません。
雨が降っています。
雨漏りがしています。
お客さんは不安になります。
慌てて業者に電話をすることでしょう。
その業者である僕たちが「こんな雨の日に屋根に上がれるわけがないでしょう?」なんて正論で返事をしてはいけません。僕たちはまず、そのお客さんの不安な気持ちに寄り添う言葉をかけ、そして訪れることのできる最短の日程をご案内するべきです。それが商売人というものです。
それぞれ事情があって、こんな雨の中でも誰かのため、使命のため、働かなくちゃいけない人もいる。それを「お前の仕事は崇高なものではないから、渋滞を増やさないためにじっとしてろ」なんて、とても乱暴な意見だと思ったよ。
それでも動かなくてはならない方が、どうか、ご無事でありますように。
— 西端康孝 / 川柳家・歌人・コトバノ (@bata) 2018年7月7日
大雨、渋滞。
「おまえの仕事は崇高なものではないのだから、じっとしておけ」という乱暴な意見を見かけました。いろんな仕事があります。しかし、どんな仕事にも使命感が伴うものです。第三者から「崇高だ、崇高ではない」と決めつけられるものではありません。必要であれば、大雨であろうが、夜中であろうが、駆け付けます。当然のことです。誰かの役に立ちたいという真摯な気持ちで仕事に取り組むことを侮辱されたくはありません。会社を経営していくというのは、そういうことです。自分の仕事に使命感を抱くことが出来ないのであれば、経営者(または承継者)を語るべきではなく、商売に勤しむ人たちの世界から去るべきです。
「二足の草鞋(わらじ)を履く」の意味と誤用と ~否定的な印象を抱かれないようにする複業時代の自己紹介のコツ
「二足の草鞋を履ている」という表現は、受け取る相手によっては「おまえは中途半端な人間だ」という印象を与えかねません。二足の草鞋を履くという表現の意味と誤用、そしてその置き換え表現について紹介しています。
二足の草鞋を履くとは、中途半端な印象を与える可能性があるということを記事にしました。
商売人は、まず、たった一つを極め、たった一人を十分に満足させることから始まります。
あれもこれもどれも、と、すべてを中途半端なままに、他人の仕事の優劣や価値を決めつけるくらいならば、その第一歩目に責任を持ってほしいと思います。
とても悲しく、そして腹立たしい意見でした。
業界は違えども、同じ商売人として、見過ごすことのできない乱暴な意見でした。