「テストの成績が酷いのだから、目立つことはやめなさい」と、母や学校の先生に言われたことがある。実際、高校の時は、生徒会長選挙の直前に、立候補を断念するよう職員室に呼ばれたくらいだ(立候補するつもりはなかったのに)。
それくらい、僕は、人前で立って何かをすることが好きだった。クラブの部長や生徒会長、成人式の代表。人前でマイクを握るととても気分が良くて、目立つことばかりを考えて生きてきたような気がする。
これまでに司会として経験してきたことも、それなりのハウツーとして、ひとに伝えられるくらいにはなってきてるんだな。考えていないようで考えている自分のあれこれは、ひとに説明して気がつくことが多い。
— 西端康孝 / 川柳家・歌人 (@bata) 2016年11月14日
そんな自分がいま、本来、自分が喜んで引き受けそうな司会の役を後輩に託して、その司会を補佐するという役割に挑戦しようとしている。
自分が喋ってしまえば簡単なことを、あえて人に譲って、考え方ややり方を伝える。つまり、自分は我慢をしなければいけない。これこそまさに、プレイングマネージャーになってしまいがちな自分に必要なトレーニングで、自分にとっては挑戦そのものなのである。試練。
ただ、こんな風にすればいいよ、とアドバイスを言葉にするたび、そうか、自分はこう考えて、こんなことをしてきたのだな、と、自分のなかの自分を発見することができて、それはそれで勉強にもなっていて楽しい。感覚的にやっているようなことも、言葉にすると理論的になってくるのだから不思議なものだ。
四十代。いままでとは違うなにか。その曖昧な感覚を明確に言葉にしていく。自分が出来ればそれでいい、から、自分のしていることをひとが出来るように伝えていく。それがきっと、体力や感性の衰えを補っていくことなのかなぁという気がしている。