僕にはトラウマがある。
ある日を境に、檻の向こうに行ってしまって。
体温の失われていく命の重さだけは、よくわかっている。
救うことのできなかった罪滅ぼしのようなことを、細々と続けている。犬たちはずっと自分の癒しでいてくれて、今も僕に使命や優しさの意味を教えてくれる。
街中で色々な動物たちに触らせてもらって、触れているだけで眠たくなる自分がいることに気が付いた。精神がリラックスすると全身に良い状態が訪れる。つまり今、それだけ緊張の毎日が続いているということなんだな。一緒にいるときは、当たり前すぎて気付かなかった。それだけ、たくさんの幸せを毎日に与え続けてくれていた。
青森県十和田市の「県立三本木農業高校」(三農(さんのう))。温室前には、動物科学科愛玩動物研究室3年生の女子生徒14人が集まっていた。地面に置かれたプラスチック製トレーにはいくつもの骨片。それを素手で持った約1キロのレンガで繰り返し打ち据える。青森市の県動物愛護センターで殺処分された犬や猫の骨だった。ふるいを使いながら、粉末状になるまで砕き続ける。
犬たちの収容されていた保健所の跡地を、いまでも、一か月に一度は訪れている。あの日後ろ手に閉めたドアの感触を忘れる日は、永遠にやってこない。悔しさ、無念、無力。なのに今も、やさしさの命たちはあちこちで失われ続けている。
死んですぐ謝ることを決めてある ― かつてそんな川柳を詠んだ僕の気持ちは今も。約束はずっと覚えている、でも、変えられていない。苦しいなぁと思う、こんなに与えてくれたのに、こんなにも与え続けてくれているのに。