神戸、元町商店街にある母の店は、実はいま、立ち退きを求められている。
様々な事情があることは承知しているけれど、物心ついたころからの、父と母と弟と、それぞれの色や声、表情、思い出の詰まる物質的な場所がなくなろうとしていることは悲しい。父なら、こんな話の出てきた時どうするだろうと、ずっとそればかりを考え続けてきた。365日店を開けていた父の思い出は、やっぱり、商売人の姿そのもので、自分の原点にも憧れにもなっている。時々、母の様子を覗きに立ち寄っては父の気配を感じて、あの日あの時の接客を思い出したり、陳列の意味を考えてみたり。時間が経って、理解出来るようになったこともたくさんで、僕はいつも、その遙かなる背中への問いかけを止めることが出来ない。父は沈黙のままに、商売の本質を今でも僕に教え続けてくれている。
今夜は元町商店街のお祭り。
一年に一度、きっと、一番人の集まる日で、それがなんだか嬉しくて、毎年時間の許す限り足を運ぶようにしている。父は、簡単には破れない「ポイ(網)」を何処かから仕入れてきて、誰がやっても何十匹と掬うことの出来る金魚掬いで人をたくさん集めていた。父は、とても嬉しそうだった。
商品と引き換えに、お金をいただく。父が「ありがとうございます」と言うのと同時に、お客さんからも「ありがとう」という声の返ってくる、そんな接客や商売の在った場所。今夜もまた、集まる人たちを眺めて、父に(良かったなぁ、今年も)と話しかけることにしたい。父はどんな顔をして頷いてくれるのだろう。