インターネットが一般になる前、まだパソコン通信と呼ばれていた頃に、
僕はBBSやCHATを通じて、大人の世界を覗くのが大好きだった。
「あー、あのアンテナでパソコン通信っていうのをやるの?」
― それ、BSを観るためのパラボラアンテナだけどね。
blogのこと、twitterのこと。
可能性を含めて、色々な人に話をしている。
面白いよ、と言うこともあれば、役に立つよ、とも。
仕事に繋がる可能性だって言及する。
それを活かしている人もいれば、「よくわからない」という人もいる。
ならば、せめて。
そっとしておいてくれたらいいのに。
それぞれに居心地のいいフィールドを、なぜ、認めようとしないのだろう。
自分にとって、ここは、昔と同じような居場所なんだけどな。
覗かれたくはないし、思い込まれたくもない。
なんだか、とても疲れるし、だったら、住む世界が違いますね、とさえ
言いたくなってしまう。
極端?
でも仕方ない。
僕は、この世界でいろんな人に出会い、何かしら、毎日食べていけるだけの
能力を養ってもらったのだから。
自分を全否定されるくらいならば。
僕は、自分と、ここで出会った人たちことを守るよ。
それだけのこと。
優劣ではなく、それは、僕のたった一つの選択肢なのだから。
—
年末に書いた文章。
あまりに否定的すぎて、アップしていませんでしたけど。
なんとなく、消さないまま今日まで置いてました。
そうなんですよね、僕はその昔、中学生の頃から、画面を通じて大人に出会い、
休みの日には、そんな人たちに遊んでもらうことがよくありました。
そして、その人たちを通じてコンピュータのことに詳しくなり、
そうやって覚えたスキルで、ITの世界に飛び込んでいったのでした。
「口下手なんですよー」って人に言っても信じて貰えませんが、もともと、
文字の世界から人との繋がりを広げていくことが得意だったので、
それは、嘘ではないのです。
だから、こういうコミュニケーションの在り方を否定されると、時折、とても
悲しくなるし、自分の居場所が揺らぎます。
ひとはひと。
それでいいと思っているので、
価値観の違いを一般論として主張されても、僕は耳を傾ける気にはなれません。
たぶん、遠ざけることになるんでしょうね。
意思伝達の手法が多様化する時代。
領域を守るために、あえて。
いま、これを書いておこうかな、と、そう思いました。
失礼いたしました。