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父のいる空を決めようか。

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役所での手続きを終える。

父の健康保険証や障害者手帳を返した。
戸籍には×が入れられた。

障害基礎年金と障害厚生年金は、遺族厚生年金と名前を変えて、
父から母への、贈り物になった。

葬儀会社に支払いを終える。

式のときに流していただいたDVDを貰った。
ケースの表紙に、父の写真が印刷されていた。

父はその場所で、おどけた顔をしたまんま、笑って動かない。

31年という時間を生きてきた僕は、いつも希望を追いかけてきた。

いま、こうして父のために何かをしているような行為の一つ一つは、
父の生きた痕跡を消していく作業に思われて、やるせなくなる。

走り回って、高額なお金を払って。

そうして、父の名前の前には「故」という文字が付く。

そうして、父の名前の上には斜線で×が入れられる。

もう、大丈夫な顔をして頑張っている。

父と一緒に過ごした街を抜けながら、声に出して父と対話をしている。
父に、相談をしている。

まだ、涙をこぼさずに済む日は一日もないけれど、素直に涙を重ねるたび、
父の影響力の強さを知り、父は自分の一部となっていく。

でも、そろそろ。

どの空を見上げるか決めて、涙を我慢出来るようにならなくちゃ、いけないね。

父の前では、子供で居られたんだな。居させてくれたんだな。
自分の弱さが浮いてきて、改めて思うね、父のすごいところを、たくさん。

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