壮絶な喧嘩を目撃してしまった。
辺りに血しぶきが飛んで、骨と骨のぶつかる音が響く。彼女と思われる女性が「やめてよー」と必死で叫ぶものの、その声で男は余計に引けなくなっている。こういう時の男の態度は意地以外の何物でもないのだが、その気持ちはわからないでもない。
言い争うこともあれば、思わず殴り合いになってしまうことだってあるだろう。ただ、加減は必要だ。それ以上は事件になる、これ以上は生き死にに関わる。その線の手前で決着をつけるからこそ、降った雨は地を固めてくれる。間にはいって拳の届かない距離に双方を離す。仲裁の御礼に入浴剤をもらった。傷を負った同士にこそこの入浴剤をあげた方が良いのではないかと思った。
苛立ちは少しずつエスカレートして本気になっていく。人間だって動物、動物だって生き物。いろんな感情があって当然。
ふと、荒れていた当時の弟のことを思いだした。色々あって僕は、弟と三年くらい会話を交わさなかった時期がある。そんな僕たちであるのに同じ屋根の下に必ず帰ったのは、犬たちがいたからだ。犬たちは家族の距離をぎりぎりのところで保っていてくれた。今だから言える、うんと昔の話。